2010年8月現在、東京にはミシュランによる評価で最高の3星レストランは、世界最多の11軒あります。 ミシュラン的視点で見れば、一段落した感のあるヨーロッパと比較すると、東京は世界一元気で食いしん坊の街、ということになるのでしょうか?
また、11軒のうちフレンチは3軒というから、いかに厳しい評価であるかがわかります。
昨年7月、幸運にも私たちはあるお祝のため、東京版ミシュランが発行されて以来、3年連続して3星を獲得している3軒のフレンチレストランの1つ、銀座並木通りにあるロオジエを訪ねる機会に恵まれました。
ミシュランによると評価は、料理だけで決めているとのこと。つまり、サービスやインテリアなど、客の印象を左右する要素は含まれません。なお、サービスやインテリアについては別の評価を用意しているようです。
もっとも、資生堂が開設し、本社社屋の1階に構え、かつては銀座のシンボルとしてやさしい景観をつくり出した柳の、そのフランス名から名付けられたロオジエが、サービスやインテリアに力を入れない筈がありません。
料理だけでも最高峰と評価されるロオジエの一端に触れて、日頃フレンチとは馴染みのない私たちなりに「東京おもてなし」の視点でホストとゲスト、両方の立場から、記憶を紐解きながら記録に留めてみました。間違っていたら悪しからず、ご指摘ください。
カテゴリー:08■東京おもてなし

舗石はブルゴーニュの葡萄畑の下から採掘されたもの。遥かブルゴーニュから貴重な石を運んで東京に敷き詰めたのはロオジエならではおもてなし。しかし、これを皆で真似すると希少価値が下がると同時に、エコ的にもNG(笑)。
photo/text: tranlogue associates

2階のダイニングへと昇るアイアンと大理石でつくられた螺旋階段。手すりは柳をアール・デコ様式で表現したもの。蹴込みが無いため、壁面から洩れ出る白い光が効果的に広がり、空間全体が明るい印象に。一段上がるごとに、これからどんな祝福の席にいざなわれるのかと、ゲストの期待は高まるばかり。

シンプルでモダンな構成にダリの時計など、印象的でエレガントな要素が随所に配置された空間。アプローチの長さの割には、こじんまりとした空間。客席は40席、スタッフは45名。この規模、このバランスでなければ3星を維持することは難しいのだろう。

左右非対称に印されたシルバーのL’OSIERのロゴが印象的な位置皿。空間と同様、優しくエレガントなその皿に、ゲストは早くも祝福を受けているムードに包まれた。インテリアやお皿から感じるデザインは、昨今オープンする他店には少ない女性的な香りが漂う。資生堂×銀座×フレンチというマーケティングか? 男性が夜の接待で利用するには勇気がいるかも。


ソムリエに推薦していただいたシャルドネとピノノワール、ピノムニエの3種の葡萄を使った、リストにはないシャンパン「Christian Busin(Cuvée Trinité)」。推薦理由は、3種類のハッキリとした葡萄の個性を味わう楽しみ、とのこと。こんなとき他のレストラン、他のソムリエであれば、甘口辛口、熟成具合などについてゲストの好みを尋ねることもあるだろう。しかし、ロオジエのソムリエはただ笑みを浮かべ、自信に満ちていた。グラスに注がれたシャンパンからは、見るからに、味と香り、そして色を楽しむことを大切にしている様子が伝わってくる。ホストとしては、ゲストに喜んでいただけそうな、納得のシチュエーションが整いつつある雰囲気を感じた。食事の最初から濃厚な味のシャンパンをいただくのも躊躇される、かといって軽く平凡なシャンパンでは会話が弾まない。今日のお祝にピッタリのリコメンドだった。私たちは、トリニテの咽越しの良さ、適度な熟成感としっかりとした独特の味と香りを楽しんだ。

前菜の前にサーブされたバターは、有塩、無塩の2種類。味もさることながら、2種を区別する印が心憎い。

前菜前のアミューズは、とうもろこしのソース、半熟玉子、甘草のクリームが重なったスープ。温度と舌触り、重層的な味覚、食器のコーディネート等々が、これから始まる全身で体験する「料理の旅」の目的地を予告しているかのようだ。食べる前から目を喜ばせる旅だ。おもてなしする立場のホストとしても安心、かつ高揚した気分でロオジエ号に乗船し、出航できた。

真鰯のジュスト・キュイ ラタトゥイユ添え プロヴァンスの香り。「ネオ・クラシック」を標榜するフランス人シェフ、ブルーノ・メナールならではの感性で仕上げられた青魚が新鮮。酸味や辛み、甘みや旨味が夏にうれしい清涼感を。

パプリカのジェラートにフレッシュ・オリーブオイル。パプリカの苦みなど独特の風味を、あくまでもやさしくまとめた一品。これは前述の真鰯のジュスト・キュイ ラタトゥイユ添えの付け合わせで、併せていただくことで、スパイシーな一皿がマイルドな印象に様変わりし、最後の一口まで飽きさせない。

キャロットのフラン リヴェーシュの香り

ハーブ風味の山羊チーズ(キャロットのフランの付け合わせ)
コース全体を通して、スパイスやハーブを効かせ、きりっとして爽やかに仕上げた料理が多く見受けられた。夏という季節柄と、塩分を控える最近のヘルシー志向を意識してのことだそうで、ここにもロオジエの「おもてなし」の心を感じる。ゲストは、ヘルシーを追求しながらも決して淡白・平凡に収まらず、意表をつく喜びを提供するロオジエのこの配慮に感動を覚えた。


味や香り、色の好みと予算を伝えた後、ソムリエより推薦していただいたブルゴーニュの1本「Clos Saint Denis/1983(平凡な年)/maison/grand cru」。赤や紫の時期を過ぎ、熟成して褐色化したワインは、多少アルコールの硬さが残っているものの、水と葡萄と大地の恵が解け合って「おいしい水」に還っていく過程を感じることができる、柔らかくエレガントな味わいだった。写真のコルクは近年に打ち直されたもの。適性サイズのシルバーのトレイに載せられると、ワインそのものもおいしく感じられる。大事な作法のようだ。ミシュランのコメントに、「ワインはリーズナブル」とあった。リスト上でのプライスの幅もさることながら、客の満足度を最優先させるためか、予算オーバーのワインを含め、複数のワインから客に選ばせる、その場でのソムリエの判断もあるようだ。たまたまゲストの一人と誕生年が同じだったことから、このワインが選ばれたが、他の2本の候補は、「Nuit Saint Georges/1998(良い年)/村名」と「Echezeaux/1996(偉大なヴィンテージ)/domaine /grand cru/手づくりが特徴」。3本ともワインリストにはない秘蔵のワインとのこと(本当?)。Echezeauxに未練たっぷりの同席者にソムリエは、「大丈夫です。Echezeauxは取っておきますから(笑)」とコメント。ワインのセレクトで客を楽しませ、未練の残る客を上手にフォローするソムリエ。基本的で大切なサービスだ。

白いガラス質の器に盛られたトマトのガスパチョ。プレートも手技の温もりを感じさせるクールなガラスプレート。
わさび風味のオリーブオイルアイスクリーム、ボタンえびのムースと一緒にいただくスープは、程よい酸味とわさびの風味がアクセントとなり、夏にふさわしい、さわやかな味。

アスパラといかのフラン。誰もがその視覚的な楽しさに驚かされるのではないか。樹木が幾何学的に配置された庭園や、2種類のパラソルが整然と並ぶ地中海のビーチなど、風景や宇宙観を連想させられる。時計が止まったように、シンプルな素材を複数のソースと組み合わせて1つ1つゆっくりと味わうことになる。ゲストを含め、このプレートをチョイスしなかった出席者も、しばしその独創的な世界に見とれ会話を楽しんだ。

イトヨリとズッキーニのラビオリ。球体、円柱、半円という幾何学的な形もモダンなインテリジェンスを感じさせる。しかし、泡立てられたソースや食材の色彩が、やさしく力強く、決して奇をてらうことなく、基本的に食はスタンダードである、というしっかりとした哲学に裏打ちされているようだ。

仔羊肉のコンフィ 旬の野菜添え ソース・ジュ・トランシェ

デザートをいただく前、チーズとドライフルーツを盛り合わせた一皿。写真左のチーズは、熟成が進み香りが高く、口溶けは滑らかだがパンチの効いた一品。写真右は、赤ワインとの相性が絶妙で、ブルーチーズならではの、豊かなコクと旨味に舌鼓を打つ。

懐かしいヨーグルトの瓶に入れられたオレンジのゼリーとフロマージュブランにバニラビーンズ ブラッドオレンジのソルベ。爽やかな咽越しで、トッピングされているオレンジピールがアクセント。写真左下はプレ デセールのクレームブリュレ。エッグホルダーに入れられ、可愛らしい演出に。

オレンジとチョコレートのパルフェ マラスキーノの香り フォレ・ノワール風。これをいただいたゲストの一人は、「濃厚な味わいで、この一皿ですっかり満腹。〆となった」とのこと。

軽い食感の焼き菓子でサンドされたチョコとミントのハンバーガー。グリーンとブラウンのコンビネーションが目にも涼やか。こんな遊び心にもおもてなしのセンスを感じる。

お茶をいただく前にサーブされる小さな菓子。菓子は格調あるヨーロピアンデザインの木製ワゴンよりサーブされる。

ワゴンよりチョイスした菓子。手前はサフラン入りの砂糖をまぶしたいちご。奥左はゆずの風味が効いた爽やかな一品。奥右は、濃厚なチョコレート菓子。ワゴンにはその他、串に刺した飴菓子、カカオの含有率が印字されたチョコレートなど様々な一口サイズの菓子が整然と並ぶ。あくまで品の良さを感じさせながらも、楽しい夏の夜店に迷い込んだような、心躍る演出だ。ゲストは最後の最後まで随所に遊び心のあるサプライズに喜び、ロオジエでのひとときを心から楽しんだ。

エントランス・ホールに置かれた作品。ロオジエのコレクションは、1870年代に資生堂スタイルが芽吹いた頃からアール・デコ時代までに創作されたアートや調度品をフランスで収集して来たもの、とのこと。ロオジエはただ食事する場所ではなく、5感を使って美を愛でる場であるようだ。
ロオジエは来春(2011年)に、資生堂本社社屋の建替えに伴い一次閉店されるとのこと。
2013年秋に再開される際には、今まで通りトップランナーの1店として東京おもてなしをリードしていただきたいと期待しています。
私たちも新生ロオジエでもてなし、もてなされる両方の立場で、新たなおもてなしと出合えることを楽しみにしています。
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