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2007.03.10

スローな家づくり1ー土地探し

“食べる庭”のある家が欲しい。

 都会育ちの妻と田舎育ちの夫が世界中の都会と田舎を旅してまわり、そしてオフィスは東京、自宅は南房総と決めた。'97年、バブル崩壊後日本経済がいよいよ混迷のどん底を感じさせた頃、私たち夫婦に長男が誕生した。そしてその週末、クライアントからの電話が鳴った。「すみませんが、進行中のプロジェクトは中止です……」デザイン会社を経営して間もない私たちは、途方にくれながらも内心は確信していた。「開発中心の日本経済が無限に成長するはずがない。今の私たちには自然と共に生きるスローな暮らしが必要だ」と。そして、若い頃から自給生活に憧れていた私たちは、結婚以来6年間貯めてきた貯金を有効に活用し、田舎に菜園のある自宅を建てることを決めた。田舎暮らしに不安も感じていた私たちは、当時住んでいた東京・世田谷区でマンションを購入することも検討した。しかし、例えば4500万円のマンションを購入するためにローンを組んだ結果、生涯に支払う返済額が6000万円になることが分かった時点で迷いは消えた。「金融機関に支払うことになる利息を含む1500万円、それ以下の費用で、自給生活気分が味わえる土地に親子3人が暮らせる最小限の家を建てようよ」「世界中の風土に根付いた家を見て旅した、その知恵を生かした家づくりを始めようぜ」こうして私たち親子3人のスローな家づくりはスタートした。

東京駅から1時間、200坪の土地探し。

 土地探しは4年に渡った。初めは、北は那須高原や八ヶ岳南麓から南は西伊豆まで、鉄道駅から遠く離れた峡谷や海岸近くの景勝地などを訪ねてまわった。土日を利用してマイカーで行く子供連れの土地探しは、ピクニック気分でそれだけでも十分楽しめた。しかし、土地の交通状況と値段を知るにつけ、私たちに必要なのはオフィス近くの東京駅から電車で1時間、そこから車で10分程度の距離にあり、小さな家とちょっとした野菜 づくりのできる面積200坪ぐらいの土地である、と考えるようになった。私たちは電車通勤なら乗車1時間以内であれば、何とか毎日でも通勤できると思っていた。当時住んでいた世田谷から東京駅付近のオフィスまで移動すれば、バスといくつかの地下鉄を乗り継ぎ、1時間は掛かっていたからだ。また、南房総の山林や農地の値段は坪2万円ぐらいからが相場、と乗車1時間程度の距離としては格安だから、200坪400万円ぐらいの土地であれば、建物を600万円ぐらいに抑えると、1000万円で土地と建物も夢ではないことが分かってきた。このような条件で敷地エリアはJR上総一宮駅近辺に絞り込まれた。九十九里浜から南房総を旅したことのある方であればご存知であろう。上総一宮の北と南で海岸線の風景は大きく変わる。北は九十九里浜という世界的にも希な、ビーチの連続する広大な景観の中、1年中サーファーが絶えない。他方、その南は岩場の連続で釣りのメッカとなっている。また、内陸に入れば、穏やかな気候と里山の風景が連続し、スローライフに憧れていた私たちにとっては絶好の場所だった。
  たくさんの土地との出会いは、たくさんの不動産会社との出会いでもあった。田舎暮らしサポートを専門とする親身な不動産会社もあれば、市街地で売れ残った土地を「田舎暮らしに最適」とうたってはみたものの、立地条件の悪い安い土地なだけに消極的な営業姿勢で頼れない会社もあった。そんな中で1社、「上総一宮近辺で海から近く、海風の吹かない里山の一角にいい土地がないかしら」「看板や電柱の少ないキレイな景観がいいね」という私たちからの一本の電話リクエストに応えて、一度に4カ所の候補地を紹介してくれた不動産会社があった。脱サラして横浜から転居したカントリーライフの大谷さんだ。彼の紹介物件は、いずれも谷(やつ)と呼ばれる小さな山と山のすき間を耕した休耕田だった。中でも600坪800万円の土地が気に入った。周囲には昔ながらの集落があって寂しさを感じさせず、刈り終えた田んぼと山の紅葉が抜群に美しかった。しかし、800万円は高すぎた。様ざまな物件を見てまわったが、結局その土地以上の物件には出会えず、ようやく1年後に購入を決意して大谷さんに電話した。「もう売れちゃいました。近くに新しい土地が出ていますから見に行ってください」このとき初めて、一度購入を決意した土地が人手に渡ってしまった悔しさを味わったが、先に進むしかない。大谷さんから送られたファクスを頼りに土地を見に行った。

北に山、南に開かれ小川の流れる理想的な場所。

 土地を一目見るなり私たちは、「まるで風水の教科書どおりの土地じゃない」「今まで捜し求めてきたものすべてがコンパクトに集約されたような土地だな」と感じていた。土地の北側にはスギ林が海からの風を防ぎ、西日を遮る木立もある。南側には小川が流れ、水田が広がっている。聞けば、初夏には数え切れないほどのホタルが乱舞するという。スローライフの出発点としては、まさにうってつけの場所だった。公簿上*2は180坪で目標の200坪には及ばなかったが、270万円と、とにかく安かった。それに、当地は上総一宮駅から車で7分、海まで10分程度と申し分ない。また、上総一宮駅から特急や快速に乗れば、100%座れるのも重要なポイントだ。しかし、ここで注意したのは、土地代が安くても、人が住める敷地にするために土地改良を含めた造成費用が掛かることだった。谷やつには山からの水が流れ込み、休耕田なので表面には腐葉土が堆積し、水はけが悪い。そこで大谷さんに住居にふさわしい土地にするための造成費用を概算してもらった。
 草木の伐採や腐葉土の搬出など手間賃一式で約40万円。棚田状の法のり面の地滑りを防ぐ頑強なL字型コンクリート擁壁が約40万円。搬出した土の代わりに土地を固める土が約30万円。敷地周囲の山から流れ込む雨水用排水溝が約10万円。これに土地代、農地転用などの諸経費を足すと合計約400万円。建築費を足しても目標予算に収まりそうな金額だった。「この土地を売ってください」。そう依頼してから購入に至るまでがまたスローな道のりだった。休耕田にはよくある話らしいが、所有者が亡くなり、当然相続していると思っている長男だが、実際には土地登記簿上は、亡くなった親の所有のままである。慌てて家族会議を開くが、様ざまな事情でなかなか話が進まない。今回も同様の経緯で契約申し込みから約半年後にようやく仮契約、農地転用申請へとこぎつけた。しかし、ここからがまた長い。地主との契約が成立しても、土地の境界線を決定する作業に時間が掛かる。当地は東、北、西に異なる所有者による隣地と接し、さらに当地を通らなければ行けない北側の2区画奥の所有者による境界線と公道の確認が必要なのだ。大谷さんと役場担当者出席の下、隣地所有者に立会いをお願いするのだが、西側所有者だけは、山の土地には興味がないらしく、「どうでもいいよ」といった具合で、毎回欠席。その度に出席者にご迷惑を。次第に私たちも申し訳ない気持ちになってくる。数カ月経っても進展しないため、結局は公簿に基づく測量によって境界線を決定することになった。

決定された境界線を確認し、本契約へ。

 契約申し込みかちょうど1年が過ぎていた。'02年3月。行政書士立ち会いの下、地主と契約書を交し、費用を支払い、私たちは晴れて地主となった。造成が始まったのは6月後半だった。梅雨時から秋口にかけての工事は、施工者には大変だ山からの水の流れを観察するにはいい時期だった。長い期間放置されていた地表近くには、水道みずみちと呼ばれる下水の通り道ができている。水を蓄えた表土を剥がし、次水道ずみちを上から押し潰す。そして人工的に造ったU字溝へとの水が流れ込むようにした。一見、自然破壊そのもののよだが、水害を防ぎ湿気を抑え、建物を建ててそこで安全快に暮らすためには絶対条件だ。また、南面の水路と敷地との間には約30mの幅にわたて高さ1mの擁壁を立てた。これによって地滑りを防止すと同時に約90㎡も敷地の有効面積を広げることができ東西に長い当地では、奥行きを確保するためには極めて有な造成方法だ。大谷さんによれば、擁壁用の既製コンクリトパネルは、道路など公共工事では現在一般化しているそうだ。量産品のため安く、その都度構造計算を行う必要がなからだ。
 造成は梅雨に始まり初秋に完了した。表面を覆う土には、宅地造成の仕上げとして一般的なササラとした山砂は使わなかった。今後、庭には芝を張り、園をつくる際に不要と考えたからだ。山砂は見た目にはキイだが、養分はない。そこで、多少の養分を含む粘土質のを入れて仕上げとした。そして早速、敷地の中央や四隅な数カ所に芝生を置いてみた。台風の多い年のせいもあって十分な水と日照を得て、芝生は順調に根を張り、1年後のでも青々としている。芝生のことなど考えたこともなかっ私たちは、100坪5万円程度で、これほど簡単に根を張る子に驚いた。私たち親子3人は、造成された敷地に毎週のように出掛て行っては草取りを楽しんだ。これは、今後始まるであろう草との戦いに備えた準備体操のようなものであると同時家を建てるまで1年ぐらいは、土が落ち着くのを待ち、四季通して水がどのように流れ、近所付き合いを含めてどんな期せぬ出来事が起こるかを観察するためでもあった。1年間土地を見ていて最も感心したのは、冬の霜柱の威だ。敷地には粘土の塊がゴロゴロしていたが、霜は直径㎝以上もの塊の内部で膨張と収縮を繰り返して粘土を砕春になる頃には表土はものの見事に真平らに均ならされてしまたのだ。このときほど「自然の力を利用しない手はない」と痛感させられたことはなかった。
(月刊雑誌「NewHOUSE」 ニューハウス出版発行2004年1月号〜5月号掲載より)

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